毒親のエピソード、父親としてというか人としてどうかと思う話

毒親は毒薬と一緒。苦しみを味わうことになる 毒親

こんにちは、ハインドです。

今日は自分の生い立ちに関係することをエピソード形式で少し書いていこうと思います。

  • 「自分の親が毒親かもしれない」
  • 「毒親って言葉を聞いたことあるけど、自分の親も当てはまるんだろうか」
  • 「毒親って普通の親と何が違うんだろう」

こんな疑問をお持ちの方のために書きました。

記事テーマを見てもらえれば分かってもらえるかと思うんですが、私は毒親育ちです。

毒親とは、簡単に言うと子供が成長・生活していくに当たって害になる親のことです。

皆さんの周りに、面倒な人だな、人付き合いしたくないなと感じる人が少なからずいると思います。

そういった近づきたくない人が、自分の親になったというイメージです。

そんな人が親とか最悪ですよね!(笑)

正直、このテーマについて書くかどうかブログを始めてからずっと悩んでいました。

嫌いな親のことだからオープンにしても全然構わないと思いつつ、少なからず育ててもらった恩があるのに、

それをなかったことにして完全な悪者にしてしまうのか・・・と

しかし、自分自身本当に親のことで苦しんで、必死で見えない親の足かせから逃れようとしてきました。

このような経験の中で、いろいろな気づきがあり、そして様々な能力を身につけてきました。

そんな気づきや能力をいま毒親との関係で苦しんでいる皆さんに共有し、役立ててもらいたい、

毒親育ちでも幸せな人生を送れるんだということを知ってもらいたいという気持ちが強くあり、

今回記事にすることにしました。

日常的に暴力を振るわれるような強烈な話ではないですが、十分人生に支障をきたすレベルのエピソードだと思います。

読者さんの人生を見つめ直す参考にして頂ければ幸いです。

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自分の親が毒親だと気づいたきっかけ

そもそも自分の親が毒親だということにどうやって気づいたのかについて、まずはお話しようと思います。

きっかけは学生時代の人間関係でした。

小さい頃からあまり人間関係が得意な方ではないと感じていたんですが、大学生のときに人間関係で大きな問題を起こし、

その失敗から自分の性格を変えたいと思い、いろいろと調べていったのがきっかけでした。

大学生のときの自分は、他人と適度な距離感をたもって接するということが苦手でした。

人間関係はとにかく上下関係を意識しており、自分の方が上なんだと感じるために人の欠点ばかりを探し、

自分の正しさを証明するために、他人のことに過剰に干渉して面倒がられたりといったことをしていました。

一方で、横柄な態度の人や自信のある人など自分よりも上手だと感じる人には、

盲目的に従う癖があり、そのために振り回されたり裏切られたりといったことも度々ありました。

しかし、大きな問題を起こしたタイミングで、そんなトラブル続きの人間関係をどうにかしたい、

自分を変えたいと思い行動することにしました。

書店に行って心理学の本を読みあさったり、セラピストによるカウンセリングも受けました。

そして行き着いた答えは、自分の親は毒親なんだということでした。

自分の中で当たり前だと思っていた環境が、実は異常なものだと知ることになりました。

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毒親エピソード:自分の常識は、みんなにとっての非常識

そんなこんなで自分が毒親育ちだと気づいてから分かった自分のどんでもない人生。

ここからは、そんなとんでもない毒親である私の父親のエピソードを少しご紹介します。

「そんなこともできないのか?!情けないな」が口癖

私の父親は会社を経営しているのですが、ひとり社長で従業員はいません。

仕事の手が足りないと私に手伝えとよく言ってきました。

私が高校生だった頃のことだったと思います。お客さんに渡す領収書を書くのを手伝わされたときの話です。

父は自分が仕事をしているデスクの隣に私を座らせ、ちゃんとできるか見ているから書いてみろと私に指示してきました。

絶対にミスするなよとプレッシャーをかけられ、厳しく見られながらの作業。

私はお客さんの名前を間違えて書いてしまいました。

そうすると父は、怒るのではなく、

「こんなこともできないのか?!」と嬉しそうに言い放ち

お腹をかかえながらゲラゲラと笑いはじめました。

そして、「情けない!情けない!」と何度も侮辱の言葉を投げかられました。

父のできること(知っていること)で、私ができないこと(知らないこと)があると、

とにかくバカにされました。

反対に私ができることで、父ができないことがあると、

「そんなことはできなくて良いんだ!お前はまだ子どもだから分かっていないだけだ!」

と怒鳴られます。

私が小さい頃からずっとそのような態度で、自分の中では当たり前のことになっていました。

なんでもかんでも自分の思い通りにしようとしてくる超過干渉な態度

自分が良いと思うことというのは、人に勧めたくなりますよね。

私も聞かれてもないのに、こうした方が良いよとついついアドバイスをしてしまうことがあります。

私の父親は少し違います。

父が電車で出かけると言い、駅まで送っていくために車を走らせていたときのことです。

車で走りだし、最初の信号が赤信号でした。

そうすると、「ここからブレーキだ!ジワーっとゆっくりブレーキ!」

父の運転講習の始まりです。

右折する際には、「3,2,1今だ!急いで発進!」

「アクセルを踏むのが遅い!なんでそんなタイミングになるんだ!」

と自分の指示通りに運転しないと怒鳴り出し、そしてまた

「こんな簡単な事もまともにできないのか?!」と私のことをののしってきます

車の運転以外でもそうです。

私の恋愛についての話も話したくないのに執拗に聞いてくる

「お前のことを心配して聞いてるんだ!早く言うんだ!」

答えないと怒鳴りだす。

そして、聞いてもいないのにアドバイスが始まります。

アドバイスの内容も父の好みの女性像を押し付けられ、私の好みやこだわりなどお構いなしです。

自分の思い通りに人を動かしたい衝動が強く、思い通りにならないと怒鳴り散らす。

とにかく人のやることに過剰に干渉してきます。

父の言うとおりにしないと怒鳴られる。そう思うと変に緊張して、普通にできることもできなくなっていました。

父と一緒にいるときは、ずっと緊張していたことを覚えています。

これは毒親育ちだったら典型的な毒親あるあるだと思います!

恫喝し、不安をあおり、しつこくすることでコントロールしようとしてくる

父が、私やその他家族をコントロールする手段として使っていたのが、

  • 恫喝する
  • 不安をあおるようなことを言う
  • 指示通りに動くまでしつこく言う

といったものです。

父は、とにかく人をコントロールするのが上手な人です。

営業マンとして表彰されるような人ですので、その仕事の過程で身につけた能力だと思いますが、

コントロールされる側としは、たまったもんじゃありません。

親というのは子どもを安心させる存在だと私は思っています。

その存在が一番不安にさせるものになっている。

私の父は血縁があっても親と呼ぶことのできない存在だといまは感じています。

しかも不安そうな顔をしたり、怯えた顔を見せると嬉しそうに喜ぶんです。

普通の人間ではない、サイコパスとかそういった一種の異常人格の持ち主なのではないかと思います。

子どもの成功よりも失敗を望んでいる

他の毒親育ちの方のブログなどを拝見していると、子どもが成功することを妬んだり、

失敗することを喜ぶという様子が共通して見られます。

こちらも毒親あるあるですね。

私の父親も一緒です。

本当にこの人はどうかしていると感じたことが大学院生のときにありました。

学生時代の私は、本当に勉強が苦手で、そのことがコンプレックスになっていました。

勉強への苦手意識をどうにか克服しないと社会人になっても必ずどこかでつまずいてしまう。

そう感じていたため、その苦手意識を克服するために大学院へと進学することを決めました。

大学院ではとにかく毎日勉強漬けで、1年目が終わる頃には勉強への苦手意識は、ほぼなくなっていました。

しかし、必修科目の単位を一つ落としてしまったがために、留年してしまいました。

私自身、最後までしっかり単位を取って卒業したいという想いがあり、

父にお願いしてなんとか留年中の学費を出してもらえないかと、私は頭を下げに行きました。

自分の予想では、怒鳴り散らされるか、退学して働けと呆れ顔で言われるんだろうなと思っていました。

しかし、実際には全く違う反応でした。

私は申し訳ない気持ちでいっぱいだったので、うつ向きながら留年中の学費を貸して欲しいとお願いしました。

父は最初何も反応しなかったのですが、しばらくすると

「クックックックック・・・・」

という声が聞こえてきました。

私はなんなのかと思い頭を上げてみると、その音は父が笑いを我慢しているものでした。

次の瞬間、顔を真赤にして大声で笑い始め、

「本当に情けないやつだ!ワハハハハハ」

とことごとく笑われました。

今までの人生の中で一番屈辱的な出来事でした。

その後も

「どうしようかなぁ~」

ともったいぶるような言い方をして、私がとことんお願いしないとお金を貸してもらえないという状況でした。

最終的には留年中の学費を援助してもらえるようになりましたが、最後に

「やっぱりお前は何をやってもダメなやつだな!」

と嬉しそうに言われました。

ここまで子どもを痛ぶりコケにする親がいるのかと、ものすごくショックを受けたことを今でも覚えています。

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まとめ

今日は私の父親の毒親エピソードについて書いてみました。

毒親育ちの方からするれば、自分も一緒だと思ってもらえる毒親あるあるエピソードだと思います。

他にもたくさんあるのですが、一つひとつの出来事をしっかりとは覚えていません。

そんな嫌な記憶をまともに覚えているとなると、きっと発狂してすでに頭がおかしくなっていたと思います。

こんな最悪な父親のもと生活してきましたが、なんとか今はまともになれました。

本当にヒドイときは抑うつ状態が続き、生きている感覚がなかった時期もあります。

その原因は、毒父の影響だと自分は考えています。

このエピソードを読んでもらえれば分かってもらえると思うのですが、私は父を楽しませるためのオモチャなんだと思いました。

自己肯定感の欠如、アダルト・チルドレン、対人恐怖、理由もない不安感・・・

たくさんお話したいことがありますが、今日はここまで。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

また私の記事、読んでくださいね。

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~THE END~

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